自動車のマフラーのシミュレーション

はじめに

車のエンジンが始動すると,燃焼によってかなりの騒音が生成される.自動車のマフラーはエンジンからの騒音排出を減衰させるための必須の装置である.

ここでは,3つの異なる種類のマフラー内の音の伝播のシミュレーションを行い,周波数を から まで変化させてその性能を比較する.ここで分析するマフラーは,従来のマフラー,穴が開いたマフラー,パッドが詰まったマフラーである.これらのタイプのマフラーの減衰挙動を示すために,音圧の分布と伝達損失スペクトルを計算する.

このチュートリアルで使われる記号とその単位は用語集のセクションにまとめてある.

音響学の一般的なより一般的な解説は「周波数領域における音響学」に記載されている.

有限要素パッケージをロードして$HistoryLengthを0に設定する.

周波数領域の音響モデル

ある周波数範囲上でマフラーの性能を調べるために,音響モデルにはsource-freeのヘルムホルツ(Helmholtz)偏微分方程式(PDE)に基づいた周波数領域が埋め込まれている:

変数を定義し,周波数領域音響モデルのパラメータを定義する.
音の媒体として空気を使う.
音響PDEの材料パラメータを定義する.

領域

従来の音響マフラーはインレットパイプ,アウトレットパイプ,チャンバーの3つの部分で構成される.インレットパイプとアウトレットパイプには無限拡大があると想定され,それぞれ放射境界条件吸収境界条件でモデル化される.

マフラーの性能をさらに向上させる一般的な方法が2つある.1つ目はマフラー内で多孔管を使うというものであり,2つ目はマフラーの壁を音吸収パッドで覆うというものである.どちらの方法にも長所と短所があるが,それらについては後のセクションで説明する.

幾何学的パラメータとインレット/アウトレットの位置を指定する.

境界条件

この例には3つのタイプの境界条件が関わっている.インレットでの入力音波をモデル化するために,放射境界条件を使う.

この放射境界条件は非常に汎用のものである.しかし,3Dの場合は利用できる以上のメモリを使う可能性がある.メモリ必要量を減少させるためには,インレットが にあることを利用する.つまり境界の垂線はの方向である.この境界の単位法線はパラメータとして指定することができ,境界条件を簡約する.

入力音振幅 を指定し,インレットで放射境界条件を設定する.

アウトレットでの出力波をモデル化するために,吸収境界条件を指定する.

アウトレットに吸収境界条件を設定する.

マフラーの残りの壁には,デフォルトのsound hard境界条件が使われる.sound hard境界条件はデフォルトの境界条件なので,それ以上何も指定するものはない.

モデル1:従来のマフラー

ベンチマークとして,まず多孔管も音響吸収パッドも使わない従来のマフラーを考える.

外部で生成された,音響マフラーの境界メッシュをインポートする.

音響学のシミュレーションでは,正確な数値解を得るために,十分に微細なメッシュで音波の波長 を解く必要がある.ここでは最大辺長を につき12ノードと設定する.つまり音響伝播の各方向において,波長 に対して少なくとも12個の要素があるということである.

関心のある最大周波数 に従って,メッシュサイズ を設定する.
領域の完全メッシュを生成する.
PDEを設定する.

周波数範囲でのマフラーの挙動を調べるために,ParametricNDSolveValueを繰り返し使ってPDEモデルを解く.

周波数 から の間を刻み幅で変化させてPDEを解く.

モデル2:多孔管を使ったマフラー

次に多孔管を使ったマフラーを考える.多孔管では音圧波がチャンバー内のさまざまな方向に散乱する.

多孔管を使った音響マフラーのメッシュをインポートする.
領域の完全メッシュをを生成する.

この場合,PDEは前のものと同じである.

PDEを設定する.

以下のシミュレーションを実行するためには,8GB以上のメモリを持つハードウェアが必要である.

利用可能なメモリ量をチェックする.
周波数から の間を刻み幅で変化させてPDEを解く.

モデル3:音響吸収パッド付きのマフラー

最後に内壁に音響吸収材の付いたマフラーを考える.よくある音響吸収材はファイバーグラスやスチールウールでできている.材料[1]の密度および平均半径[2]によって,流れ抵抗 の値は通常からの範囲になる.

次のモデルでは,流れ抵抗が ,厚みが のファイバーグラスパッドを使う.

音響吸収パッドの流れ抵抗 と厚み を定義する.

吸収材内部の音響伝播をモデル化する方法は「等価流体法」と呼ばれる[3].これは,有効な密度 と有効な音速 をもとのヘルムホルツ方程式(4)に挿入することによって音響減衰を特性を示すものである. および は複素数値であり,DelanyとBazley [5]が導いた実験的な公式で計算することができる.無次元パラメータ の低周波数範囲については,KirbyとCummings [6]がより正確な以下の近似を提示した.

ここで はそれぞれ複素波数,複素インピーダンスである.

関心のある周波数範囲に基づいてパラメータ を計算する.

スペクトル全体のパラメータ では,複素パラメータ を計算するために方程式(7)を使わなければならない.

複素数値の音速 と複素数値の密度 を計算する.
パッドの付いたマフラーについての材料パラメータ規則を定義する.
材料パラメータをモデルに挿入する.
周波数 から の間を刻み幅で変化させてPDEを解く.

後処理と可視化

音圧分布

音波の一般的な減衰挙動を見るために,音の伝播を従来のマフラー内で可視化する.解を時間領域に変換するために調和波関係(8)を適用する:

における音圧 の最大値を求めて,凡例バーとContourPlotオプションを設定する.
従来のマフラー内の音の伝播を可視化する.

アニメーションの質を向上させる方法はこちらでご覧いただきたい.

インレットパイプと最初のチャンバー内では,音波は空間内で固定しているように見えるが時間で振動するだけである.このタイプの音波は定常波と呼ばれ,音圧の極大値をいくつか形成する.

この過剰な音圧は「背圧」[9]といわれ,マフラー内の気体流を制限し,エンジンの出力を減少させる.多孔マフラーとパッド付きマフラーがどれほどこの問題を改善させるかを見るために,音圧波の振幅分布を可視化した方がよい.

周波数 での音響分布を可視化する.

多孔管マフラーもパッド付きマフラーも,従来のマフラーで見られた背圧の効果を向上させている.音圧波はマフラーパイプ内でで散るので,多孔管マフラーが3つのうちで最も背圧が小さかった.

異なる周波数でこの結果をさらに調べるために,解のデータpfunTableの指標を変更することができる.

透過損失

音響マフラーの性能を測定する別の重要なものとして透過損失(TL)がある.これは, 入射の音響パワーと伝送された音響パワーの比として定義される.透過損失,音響パワー,音の強さの公式は以下で与えられる:

インレットパイプにおける音の強さ と音響パワー を計算する.
3つのタイプのマフラーについて,アウトレットパイプでの音の強さ と音響パワー を計算する.
透過損失のスペクトルを計算して可視化する.

従来のマフラーの場合,透過損失曲線はいくつか窪みのある波のようなパターンで現れる.これらの窪みはマフラーの共鳴周波数に対応している.ここでは音の伝送が向上し,マフラーの効率が悪くなる.しかしパッド付きマフラーはこれらの窪みを平坦化するだけではなく全体の透過損失値も特に高周波数で上昇させており,その範囲では最も効率的なマフラーとなっている.多孔管のマフラーは,背圧問題では最も効果的であるが,周波数 あたり以外ではスペクトル上の透過損失値が一般に小さいといえる.

吸収パッドの特徴と多孔管を合わせることで,より高度なマフラーが構築できる[10].雑音が制御できるターゲットの周波数範囲があるなら,各チャンバーの次元は機能的な要求事項に合うようにカスタマイズすることができる.

弱まっていないエンジン音と弱まったエンジン音

音響マフラーの減衰効果を聞くために,音の入力として弱まっていないエンジン音の音響ファイルを使う.

音響ファイルから時間領域の音圧データを抽出する.
音入力のデータ長 とサンプルレート を取得する.

音信号を処理するために,フーリエ変換を使って入力雑音を時間領域から周波数領域に変換する.

フーリエ変換で雑音信号を変換する.

別のチュートリアルで説明しているように,離散フーリエ変換は の対称特性を持つ 個のフーリエ係数 を生成する.フーリエ係数 のそれぞれのペアにおいて,対応する周波数要素は である.

周波数要素の表を設定する.

それぞれの周波数要素は周波数応答関数によって処理される.周波数応答関数は入力音振幅と出力音振幅の比 として定義される.

マフラーの出口で周波数応答関数を取得する.
それぞれの周波数要素 とその対称要素 を処理する関数を定義する.
処理された信号を時間領域に再変換し,弱められた雑音の音声を生成する.
弱められていないエンジン音と弱められたエンジン音の振幅スペクトルを比較する.

出力音声と振幅スペクトルに基づいて,エンジン音はすべてのマフラーで大きく減っている.雑音のほとんどが該当する低周波数領域 では,パッド付きマフラーが最も音を減衰させている.

用語集

    

記号説明単位
ρ密度[kg/m3]
c音速[m/s]
p音圧[Pa]
p音の振幅[Pa]
ω音波の角周波数[rad/s]
f音波の周波数[Hz]
X位置ベクトル[m]
Rチャンバーの半径[m]
Lチャンバーの長さ[m]
rインレット/アウトレットパイプの半径[m]
lインレット/アウトレットパイプの長さ[m]
Rf流れ抵抗[N·s/m3]
λ固有値[rad2·m/kg]
TL透過損失N/A
W音響パワー[W]
I音の強さ[W/m2]

参考文献

1.  Potente, D., General Design Principles for an Automotive Muffler. Proceedings of ACOUSTICS, Busselton, Western Australia: 2005, pp. 153-158.

2.  Kirby, R. and Cummings, A., Bulk acoustic properties of rigid fibrous absortives extended to low frequencies. Proceedings of Euro-noise 95, Lyon, France: 1995, pp. 835-840.

3.  Delany, E. and Bazley, N., Acoustical properties of fibrous materials. Applied Acoustics 3: 1970, pp. 105-116.

4.  Fahy, F., Foundations of Engineering Acoustics. Academic Press: 2001.

5.  Cox, J. and D'Antonio, P., Acoustic absorbers and diffusers: Theory, design, and application. London: Spon Press: 2004.